再び!同期がイカにきてくれた!
さて振り返り更新の4月版です。
いつリアルタイムの記事が書けるのか。。
しかも同期でエクアドルの環境教育隊員なので完全に同じ感じですね。
前回も書きましたが、やはりわざわざ任地にまで来てくれるのは嬉しいものです。
この同期もペルーに来たからには、クスコからのマチュピチュに行ってました。
ナイスチョイスと思ったのはワラスに行ってトレッキングをしていたこと。ワラスについては以前に年末年始の旅行編としてブログでも書かせてもらいました。
自分も訪れたことがあり、ペルーの中でも大好きな土地です。山好きには天国のようなところです。ペルー旅行する方は、ぜひマチュピチュ、ナスカだけじゃないペルーの魅力に触れて欲しい!
彼女の任地ではなかなか魚をはじめとした海鮮類が食べられないようで、ペルー料理の代表であるセビーチェに感動し、かなり気に入っていました。
確かに自分も協力隊生活で生魚食べれるとは思ってなかったですね。ペルーではそれが叶います(今度ペルーの食に関する記事も書こうかな。←いつになることやら)
さて、彼女は同期隊員ですが出会いは同期の中でも一番古いほうです。
出会ったのは協力隊の試験の二次面接の時。たまたま待機のタイミングが一緒で少し話した程度でしたが、合格後の研修で再び出会い、お互い驚きました。まさかあのとき出会って、同じ隊次、同じ職種で隣の国同士になるとは。
駒ヶ根の訓練期間でも、一緒に自主講座という形でワークショップを企画し実施したので、思い出の多い同期です。
彼女は大学卒業とともに協力隊へ参加した、いわゆる新卒隊員ですが、すごくしっかりしていると感じます。
自分の意見をしっかり持っているし、訓練中も物怖じせず自分の考えを伝えていました。もちろんすごく真面目なのでしっかり勉強もし、ほかの人から多くを学んだりと、自分にとってすごく刺激になる存在です。
活動の話しや任地での生活の話しをする中で、彼女が語っていた「自分の任地もそうだが、エクアドルをはじめ南米の国は思っていたよりも発展してるし、自分たちですでに出来ていることが多くあると感じる」というのは、僕も日々感じていたことなのでとても共感しました。
彼女も言っていましたが、ボランティアと言いつつ、協力隊活動は自分たちの経験や成長へのきっかけになっている部分が多いなと。
もちろん活動を通して配属先やペルーの人々に良い影響や結果を残せることが一番ではあると思います。
しかし、どう頑張っても上手くいかないことが多々あるのも協力隊活動かなとも思います。
それでも確実に、無駄にはならない何かを得ているはず。
僕自身も活動が上手くいかなかったり、自分の存在は意味があるのかということを考えることがあります。
でも彼女と話して改めて、ここで生活しながら活動する意味はあるなと思えました。
そんなことを砂漠で夕日を眺めながら話したり。
これも帰国したらすごく良い思い出になっていそう。
今回も同期の大切さ感じるすごく良い時間でした。
ありがとー!
3月の出来事第二弾
さて振り返り的に更新します。
再びの3月の出来事です。
この月には一つ嬉しいことがありました。
それはエクアドルから同期隊員のペルー来訪。
JICAボランティアには2年間の任期中に、自分の派遣されている国(任国)から出て旅行のできる制度。任国外旅行制度というのがあります(日数や行ける国などの制限はあります)
その制度を使って、今回エクアドルから同期隊員が来てくれたのです。
サンドバギーや砂漠のアクティビティーを案内しました。
さらに自分の配属先にも見学に来てくれました。
この日はたまたまイカ川の清掃イベントがあったので手伝ってもくれました。
旅行中なのに活動してくれてありがとー!
その他にも色々と行ったのですが、今回は割愛します。
さて、同期と会うのは出発前に東京で一度飲んで以来なので、実に9ヶ月ぶり。
久々に一緒に飲み交わし、近況報告をはじめ色々なことを話せました。
活動について、お互いの国について、任地について、食事について、日本食が恋しいって話とか、訓練所時代の思い出話とか…
特に印象的だったのは、教育についてや帰国後の話。
同期隊員は現職の中学校の先生なので、彼女とこうした話をゆっくりできたのは本当に良い時間でした。
自分自身、日本にいた当時から教育についてはすごく興味を持ち、社会人になってから大学の通信課程で教員免許を取得しました(大学時代勉強しなさすぎた)
なので実際の現場で教壇で教壇に立ちながらも、同じタイミングで南米にて環境教育を行なっている彼女の話は、自分たちがやっている環境教育やボランティア活動、中南米の教育と日本の教育などについてを改めて考える機会になりました。
帰国したらまた東京で一緒に飲みたいなー!
その前にエクアドルでもう一度会えるか?
イカに来てくれてありがとう!
また会う日までお互い元気で!
今更ながら3月の出来事
すっごい久しぶりの更新になってしまいました。。
もはや、このままブログ終了かと思うレベルで期間が開きましたが、またちょくちょく書いていければと思います。
しばらくはちょっと前の出来事の話になります。
振り返ること、3月の出来事です。だいぶ前だなー。
ペルーでは3月から新学期なので、再び学校での啓発活動などが始まってきた時期です。
この月には一つ自分でやろうと思っていた企画がありました。
この企画をやろうと思ったのには理由がありました。
任地であるイカでも、2007年にマグニチュード8レベルの大地震があり多くの犠牲者を出しました。
イカでは教会が倒壊し17人が死亡、70人が負傷した。彼らはミサの出席者だった。また約85,000戸が倒壊した。リマの南東260kmにある都市ピスコでは、家屋の約80%が倒壊し、430人の市民が死亡し、うち100人が市の広場にある聖堂の倒壊に巻き込まれて死亡した。ペルー政府は死者510人と発表した
また僕自身も、東日本大震災は自分自身の社会との関わりや環境問題、エネルギーや開発の問題を考える気かっけになった出来事でした。
日本人として忘れられない大災害、その経験を伝えることで同じように被災経験のあるイカのこれからの街づくりの一助になればという思いのもとの、今回の展示会開催に至りました。
今回の企画は、市役所の本来の業務とは関係のないものだったので、企画から準備まで基本的には自分ひとりで行いました。
展示会としてはポスターを制作し、写真と解説文にて東日本大震災について伝えるものにしました。
一応、内容的には
1. 地震の概要
2. 震災被害について
3. 福島の原発事故について
4. 福島の復興状況について
といった感じにしました。
展示会は、街の中央広場であるPlaza de alams
時間は10:00〜16:00で行いました。
しかし、ペルーあるあるで展示物の運搬を依頼した車両が10:20頃にきたので、開始時間はだいぶ遅れていましたが(もはやこんな出来事には何も思わないくらいには慣れてきました)
今回の展示会、予想よりも多くの人々が足を止めて展示を見てくれて、色々を質問をしてくれる人、展示内容についての感想を言ってくれる人、イカの震災について話してくれる人など多くの方々と関わることができました。
展示会を通して、イカの様々な人々と直接話せたことはすごく良い機会だったなと思います。
そして何よりカウンターパート。
彼女は展示会当日最初から最後まで協力してくれて、足を止めてくれた人々に対して展示の解説や案内をしてくれました。
そして終わった直後、こういった展示会は直接人々とコミュニーケーションが取れるし、普段私たちが関われない人たちにも啓発活動ができるね。できれば毎月テーマを変えてやっていきたいね。と言ってくれました!
これは嬉しい!
初にしてはなかなか収穫のあった展示会でした。
ひとまず無事に終えられて良かったー!
最後にこの場を借りてにはなりますが、震災の被害にあわれた方々のご冥福をお祈りすると共に、被災地の復興を心から願います。
ありがとう。Nos Vemos
だいぶご無沙汰してしまいました。
ついに出ましたね、三日坊主。
でも割と続いていたと思うのと、復帰した自分に拍手したい気持ちはあります。。
書こう書こうと思っていた1月の出来事の記事です。
素敵なタイムラグ記事にお付き合いください。
ペルーの壮大さを知ったワラスの年明け旅行から帰ってからすぐに個人的に大きなイベントがありました。
それは先輩隊員の帰国。2年の任期を終え、飛行機で日本へ発ちました。
青年海外協力隊はそれぞれに2年間という派遣期間があります。
また派遣されるのは年に4回分けられています。
例えば自分は2017年度1次隊なので、ペルーへ赴任したのは2017年の7月です。そのあとの2017年度2次隊の隊員たちは2017年の10月に赴任しています。
今回帰国したのは2年前の1月に来た先輩隊員たち。
隊員が派遣されるのが年に4回なので、同じように隊員の帰国も年に4回あります。
が、今回の帰国は自分にとってはちょっと特別でした。
ペルーは日本の4倍の国土を持っているので、なかなか他の隊員と会うことは無いのですが、幸運なことにイカには自分の他にもう一人隊員がいました。
この先輩隊員もこのタイミングで2年の任期を終え帰国です。
ペルーでは基本的に隊員はホームステイという形で、ペルーの人々の家庭に入り生活をします。
自分の場合、このホームステイ先がなかなか見つからず、先輩隊員がすでに入っているホームステイ先に入ることになりました。
なのでここまでの半年間、同じ任地でかつ同じ家に住んでいたんです。
(活動の時間が全然違うので同じ家に住んでいるのに週末しか会わないみたいな日々もありましたが)
任地に到着し右も左も分からない状況の中、イカの街や人々、活動のことなどかなり助けてもらいました。
ちなみに先輩隊員の職種は卓球だったので、たまに活動場所に行き練習の風景を見学させてもらうことも。
週末には遊びに行くこともあり、イカに来た当初の緊張状態・ストレス状態にはとても良いリフレッシュになりました。
何より卓球の教え子たちもよく一緒に遊びに行っていたので、来てすぐに友人を作ることができました。
という感じで、かなりお世話になったのですがそんな先輩隊員も帰国。
このイカにはJICAボランティアは自分一人という状況になります。
イカを離れる日には、教え子たちとバスターミナルまで見送りました。
教え子たちもかなり寂しがっていました。
こういう別れの瞬間ってその人がどんな人だったか、どう思われていたかがすごく分かるなと思います。
先輩隊員は間違いなくイカの人々に愛されていたし、すごく良いコーチとして教え子達やイカの卓球に関わっていたんだなと感じました。
自分も一年半後には帰国になります。
その時、どんな気持ちでどういう別れをするのか。先輩隊員のように任地をあとにできればなと。
寂しいですが、またきっと日本やペルーで会うことができるでしょう!
今回帰国した先輩隊員方、2年間お疲れ様でした!
ゆく年くる年旅行〜ワラス編〜
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ペルーは真夏真っ盛りで、全く年末感、年越し感がありませんでしたが2018年になりましたねー。
さて、ペルーでは年末年始といっても日本のように休日にはならないようです。
が、日本人としては少し休みたいところ。そこで年末年始は少しお休みをもらって旅行に行って来ました。
今回の目的地はペルー北部の山岳地域ワラス(Huaraz)
ちなみに標高めっちゃ高いです、この街。
なんと3052m。
ホテルの部屋が4階でエレベーターが無かったのですが、毎回の階段上り下りがなかなか修行級でした。
かんたんに息上がるー!
ここの魅力はなんと言ってもその大自然。
広大なワスカラン国立公園の拠点の街でもあります。
その自然の美しさから、世界一のトレッキングのメッカとしても有名で、世界中からトレッカーが集まってくるほどです。
ということで、今回の目的はもちろんトレッキング。
今回は日帰りですが、二つのツアーに申し込みました。
1日目
パストルリ(Nevado Pastoruri)
1日目のツアーは高所に慣れるという目的も持ちつつ、ほとんど車移動のツアーを選びました。
朝9時に集合し、車でワスカラン国立公園内へ。
ワスカラン国立公園内は自然がホントに綺麗に保護されて、見ていて全く飽きません。
車にていくつかポイントを回ります。
まずはプヤ・ライモンディの群生地
プヤ・ライモンディは花序を持つ植物では世界一の高さの植物だそうです。寿命が28年から最大で100年と言われ、センチュリープラントとも呼ばれています。葉の部分だけで直径3メートル。でか。長い寿命の中でたった1度だけしか花という不思議な植物です。
そしてアルパカとの記念撮影スポット
そして、メインのパストルリの入り口へ。
ここからは約30分ほどの軽いトレッキング。
とはいえ、すでに標高は4000mを超えています。
実は自分、登山が好きで日本でもけっこう登っていたのですが、4000m地点でのトレッキングは人生初。
ちなみにお金を払えば馬に乗って登ることも可能です。
しかし、30分なのでそこまでキツくなくパストルリへ到着。
壮大な氷河です。
帰りは、少し高所に慣れたのか楽に帰れました。
2日目
ラグーナ69(Laguna 69)
今回のメインのツアーに位置付けた2日目。このツアーはワラス内でも一番人気と言われるツアーで、多くの会社が提供しています。THE定番です。
出発は朝の5時。まだ夜明け前から、車にて隣町のユンガイというところまで移動。そこからワスカラン国立公園へ。
さてトレッキングのスタートです。
このツアーでは馬は使えず、すべて自分の足で歩かなくてはいけません。
標準コースタイムは行き3時間、帰り2時間半といったところ。スタート地点は3700m。すでに富士山の9合目くらい。
しかし、このラグーナ69、とにかくコースが美しい。こんな景色があるのかと思うほどの景色。
無駄な文章は書かずに写真でお届けします。
3時間ほどで目的地のラグーナ69に到着。
一言、最高でした。
ちなみにこのトレッキング、コース自体は難しくありません(登山のテクニックが必要な箇所は皆無)実際、近所に買い物行くのか?みたいな格好で登ってる人もいました。
しかし、問題はその標高。3700から4604mまで登るだけあり、息がかなりキツイです。高山病も余裕で出るレベルなので参加される方は、高山病対策の薬の用意や、ゆっくり無理せず登るということを心得てくださいね。
ワラスには唯一の同期隊員もおり、会うことができました。
そしてこの旅行は、同じ任地で間も無く帰国の先輩隊員と一緒に行けた旅行でした。
半年間、同じ街、さらには同じ家でホームステイしていたので帰国が寂しいですが、最後に思い出が作れてとても良かった。
山好きとしてはめちゃめちゃハマったワラス。
今度は乾季のベストシーズンに連泊トレッキングに挑戦したいなと思いました。
2017年の一年を振り返り
年内に2017年のことは書いてしまいたいという想いのもと、怒涛のまとめ更新をしております。
早いもので2017年も終わりですね。
そしてこれが2017年最後のブログです。
長いっす。色々と思い巡らしてしまったもので。
年々時が過ぎるのは早くなっていく感じですが、自分にとって今年は特に特別。
目まぐるしい程に過ぎていきました。
1月から3月までは仕事をしつつ、3月に環境教育についての技術補完研修があり初の九州上陸。素晴らしい講師陣のもと環境教育について学びました。
そして今や、家族のような安心感を感じる環境教育隊員の同期たちとの出会い。
3月末に仕事を退職し、4月からは駒ヶ根にて派遣前訓練。
人生初の長期の合宿生活。そしてスペイン語漬けの日々。
日々頭がパンクしそうになる程に勉強して、やることも多く大変な訓練でしたがめちゃめちゃ楽しい日々でした。
もう一回やるかと問われれば、やります!と即答するくらい。
てか日本にこんなやつらがいるのかと嬉しくなる程、おもしろい人達の集まり。
学ぶことだらけ、刺激だらけの70日間でした。
何より、「この出会いは一生物だな」と思える友人と出会えたのが自分の中では財産。
同い年で、同じタイミングで協力隊に参加して、自然と意気投合した2人。
出身も違うしそれぞれ派遣国も職種も違うのに訓練中はホントいつも一緒にいて、派遣後もずっと連絡を取り合って良い事も悪いことも全部話せる。そんな彼らがいて、それぞれ頑張ってるからこそ、自分も頑張れてるなと思う。本当にありがたい存在。確実に2017年のスペシャルサンクス。
訓練終わって出発までの約3週間は完全なニート期間でして、送別会と称してほぼ毎日飲んでました。壮絶な二日酔いの日々。
でも、この期間で自分は今まで色んな人に出会うことができて、かつ応援してくれる人がこんなにもいるんだと思えました。最後の最後まで送別会や飲みの誘いや、出発直前に連絡をしてくれて本当に嬉しかった。
2年間離れてしまうけど、帰るべきところはここだなと。ちょくちょく日本から生存確認してくれる友人達に、実はめちゃめちゃ元気もらってます。ありがとう。
もちろんいつも何も言わず見守ってくれる家族には頭が上がらない。
出発直前までバタバタだったけど、優しく送り出してくれたこと感謝でいっぱいです。
そして7月4日、ペルーに到着。
初の海外暮らし。しかも日本とは地球の裏側のペルー。目に見える全てが新鮮。
首都リマでの1ヶ月の語学訓練期間では語学学校の合間にリマ内の色んな場所に観光に行けました。
唯一の同期にはかなり助けられたなー。
8月に任地のIcaにやってきて、活動開始。
最初は、情報を聞くのもコミュニケーション取るのも大変。何ができるのか探り探りで不安な部分もありました。
でも、カウンターパートを始め、同僚達はすごく優しくイベントや食事に誘ってくれたり、いつも気にかけてくれます。
10月から一緒に活動しだした大学生達も、色々と手伝ってくれたり、遊びに行ったり、一緒に日本語教室企画したり。
彼らの話しを聞いたり、彼らに日本や自分のことを話すっていう何気ない一時が楽しかったりします。
もちろん楽しいことばかりや綺麗なことばかりじゃない。
Icaの街は環境面を含め課題だらけ。自分にできることは?まだ何もできてない。2年間なんてあっという間。という焦り。
反面、言葉や文化、習慣の壁にビビったり勝手に諦めたりしてしまうことも。
ペルーに来て自分の弱さや小ささを実感してます。残念ながら今は達成感なんかよりも、そういうことを感じる方が多い。
そんな中でも、やってこれた活動はあるし来年への課題や、やりたいことも見えてきました。
とにかく、もがいてもがいて、悩んで悩んで、動いてみる。多分そんな感じに不器用に泥臭くやっていくしかないんだろうなと。
自分の人生のキーワードは「出会いとつながり」だと思っています。
2017年は本当に新しい素敵な出会いが多くあり、つながりを今まで以上に感じる一年でした。
来年はどんな年になるだろう。
今年以上に素敵な年にしていきたいなと思います。いやー楽しみ!
今年も一年ありがとうございました!
2018年もよろしくお願いします!!
ペルーで迎える真夏のクリスマス
12月の一大イベントといえば、クリスマス。
ここペルーはカトリックの国ということもあり、クリスマスはすごい盛り上がりです。
ぶっちゃけ11月半ばからクリスマスムードでした。
同僚に聞くと、ペルーではクリスマスは家族、年越しは友人や恋人と過ごすのだそうです。
なんとなく日本と逆っぽいですね。てか日本はクリスマスはカップルのもの感が強くてなんなんだちくしょうって感じ。
ちなみにペルーではクリスマス当日の25日は祝日です。これはキリストの誕生日だからですね。日本の天皇誕生日的な感じです。
今年は23日が土曜日なので3連休でした。
クリスマスに向けて、街の中では1ヶ月以上前からツリーやクリスマスの飾りが出ていました。
以前ブログで紹介した、ペットボトルクリスマスツリーも11月25日に設置したのでまるまる1ヶ月の設置です。
クリスマスはペルーの年中行事でも最重要のよう。
スーパーやショッピングモールはクリスマスセールだらけです。そのおかげですごい混雑。
23日と24日は人が居すぎたため、スーパーでの買い物を諦めました。
そんなソワソワ感満載なクリスマスですが、24日の夜は友人宅に招待されました。
19時ごろからお邪魔して、友人やその家族たちとずっとおしゃべり。
そして25日に日付が変わった深夜12時。外では爆竹と花火が町中に上がってました。
キリストが生まれたのが25日の12時なので、その時間に合わせてみんな祝砲のようにやるのだそう。
日本だったら、確実に警察と消防が出動してるレベルで鳴り響いてました。この辺りの一気にみんなで騒ぐ感じはラテンっぽい。
一通り騒ぎを見たあと、友人宅で七面鳥などのお祝い料理を食べました。
12時を過ぎてからみんなで食べるのもクリスマスの習慣だそう。
そのまま3時近くまでお邪魔しました。ほんとに暖かい家族です。
ペルーではクリスマスを迎えると、家族や友人にFeliz Navidad!! (スペイン語でメリークリスマス)と言って抱き合ったり、固く握手をしたりします。そして離れた家族から電話やメッセージなどの連絡がきます。なんとなく、家族愛や友人間同士の愛情を感じました。
これは良い意味で宗教的な力というか、宗教的行事の持つ力なんだなと思います。
ペルーで迎えた、真夏のクリスマスはものすごく暖かい気持ちで終えました。