まわり回ってペルーの地

青年海外協力隊2017年度1次隊 ペルーのイカという街での活動記録。環境教育という分野でゴミ問題に奮闘中。

今年を一言で表すと…

¡Hola! 本日で2018年の活動が最終日、仕事納めというやつです。
とは言え、ペルーは夏真っ只中なので暑くて暑くて年末感がありません。
寒さって自分にとってはかなり重要な年末要素だったことにペルーで気づかされています。
 
2018年色々ありました!(ブログ更新しなすぎて紹介できていませんが)
今回のブログは色々あったけどどんな年だった?というところを書いてみました。
 
以下、こんな感じのことを書いていってますというのを
 
 
ちなみ書いたら長くなってしまいました。まとめる技術が欲しいですね。
来年の目標にします。。
 

2018年をスペイン語ひと言で表すと…

去年から同期の環境教育隊員の間で、近況報告や活動の共有ツールとして環境教育通信のようなもの定期的に作って発行しているんですが、年末号の中でこんな企画がありました。
 
「今年一年を表す一言を任地の言葉で」
 
日本で言うところの今年の漢字のようなものです。
これを各任地の言語でやろうと言う企画。
 
僕が選んだ一言は「Distancia」
スペイン語ですが意味は「距離・隔り」
英語で言うところのDistanceですね。
 
いやー、なにかと距離を感じる1年だったなと。
 
 

思い描いてた活動との距離

まずは自分の思い描いてた活動との距離。
任地に来る前は、「現地の人に寄り添いつつ課題を一緒に探して、共に考えて共に活動していく」みたいなのを描いていました。
 
理想と現実は距離あるなー
 
任地入ってから色々と活動してきました。
しかし前回のブログでも少し触れましたが、結構前からかなりの部分を一人でやっています(前回の記事自体は活動の成功面を主に書いてます)
「現地の課題を一人で考えて、計画して、一人で活動している」状況です。
 
もちろん準備や手続きを手伝ってくれることはあります。
しかしそれはあくまで「僕の活動、僕の仕事」として捉えられていて「私たち市役所の活動、私たちの仕事」という意識は持ってくれていません。
 
 
これまで活動してきて感じるのは「環境教育の優先度についての認識の距離感」です。
僕は「環境教育」という職種で来て、子ども達や地元住民の方々に環境についての啓発活動を行うというのがメインの要請でした。
しかし残念ながら現在の配属先で「環境教育活動の優先順位」はほぼ最下位です。
 
そして「JICAボランティアの認識についての距離感」も感じます。
個人的な見解ですが、僕のようなボランティア本人やJICAは「JICAボランティアは日本のODA・国際協力の一部で、現地の人に技術や知識を移転をし草の根レベルで支援をする」みたいな認識でいます(ちょっと言葉が固くなりましたが)
 
ただ現地の人達、少なくとも僕の配属先の同僚達の認識は「長期の大学生インターン、大学生ボランティアのようなもの」という認識を強く感じます。
 
この2つの認識の距離感が、実際の活動と思い描いてた活動との距離の原因になっているなと思います。
 
「他にやる仕事もあるし環境教育の優先順位は低い」
          ↓
 「大学生インターンも足りなくて人がいない」
          ↓
「日本人ボランティアが来てるから彼にやってもらおう」

 

こういう流れが作られてしまっているなと。
 
もちろん上手く巻き込めてない自分にも責任はあります。
なんとかこの認識を崩したいが、なかなか手強いな。
 
 

習慣・考え方の距離

2つ目は「ペルーの人達との考え方・習慣の距離」
これはもう色んな部分で距離を感じますが、ここでは特に「働き方・仕事の仕方」の距離を。
 
配属先の同僚達がマジで働かない。
オフィスに来てるのに、ぺちゃくちゃ喋るか、何か食べてるか、スマホいじってる…
カフェか!!
 
挙げ句の果てには、どこからかテレビを持って来て勤務中ずっとつけてワイドショーやらドラマやら見てる始末。
 
秘書と契約職員は、何かしらの理由をつけてオフィスを外出し勤務終了時間ちょっと前まで帰って来ないなんてこともしばしば。
市役所本庁舎に書類を持っていくだけで5〜6時間かかってるやん!どんだけ混んでたんだよ!!
 
正直、結構イライラします。
 
協力隊員の中には、途上国ののんびりとした働き方や暮らし方に魅力を感じて、戻って来て働きたいと考える人、実際に戻って来る人もいます。
ただ僕は残念ながら1mmもそんなことを思えませんし、あの働き方を全く認められない。
 
もちろんペルーの人達でも仕事に誠実な人もいます。
僕のカウンターパートは働き者です。彼女とならまだ一緒に活動はしたいなと思えます。
 
しかし、同僚達や配属先といった単位で見たときには「働き方・仕事の仕方」の距離がありすぎて正直好きになれません。
 

遠いけど近い距離

さて上記2つの距離がだいぶネガティブになってしまいました。
最後はわりとポジティブです。てかこれが2018年の1番の重要要素!
 
 
活動一年を迎えた時のブログでも書きましたが2018年はホントに協力隊の仲間、日本の友人達に助けられました。
 
活動1年を終えたタイミングで環境教育の同期、2ヶ月程前には異職種の同期何人かでオンライン中間報告会なるものを実施しました。
活動状況の共有や質問、悩み相談やアドバイスなど…同期だからこそ忌憚なく、真摯に話し合えました。
ネット電話でやっているのに3〜4時間話題が尽きない!
 
 
派生して今までの人生経験やこれからのビジョンを共有する場も作れました。
これが本当に熱く、刺激になる。モチベーション面でかなり救われています。
このオンライン会議については、熱き同期のネギヤンも自身のブログで書いてくれてるの読んで見てください。(てかネギヤンのブログ、デザインとかめっちゃ格好良い…さすがだ)
 
 
隊員仲間でいうとセネガルモザンビークみたいな電波事情そんなに良くない国の隊員ともたまに話して。
国は違うし状況はまるで違うけど、頑張っている仲間がいるのは心強い。
 
 
そして、やたら頻繁に連絡を取り合っているエクアドルドミニカ共和国の同期達。
彼らには本当にスペシャルサンクスです。
なんでもない連絡や長電話、気兼ねなくいつでも連絡できる彼らの存在にどれだけ救われているか…
¡¡Muchísimas gracias!!
 
日本の友人もちょくちょくメッセージくれたり元気をもらってます。
急なメッセージでも嬉しい。
たまに飲み会後のテンションで電話してきて、なんかすげー熱い話ししてくる高校からの友人とか。
地球の裏側でも変わらない熱感で話せるってありがたい限りです。
 
そしてもちろん家族も。
頻繁には連絡してないけど色々助けられてます。
 
ということで最後は「遠いけど近い距離」でした。
 
 
 
ながーくなりました。
そしてマイナスなことも書きました。
しかし日本では経験できなかったことをたくさん経験できた、良い一年だったと思います。
 
2019年はどんな年にできるだろうか。
ペルーで過ごす最後の年。
 
また来年が楽しみです。
 
今年も読んでいただきありがとうございました!
みなさま良いお年を!
¡¡Feliz Año Nuevo!!

2018年終わり間際でようやくの…

¡Hola!
だいぶお久しぶりです。かなりご無沙汰しておりました。


ブログ続けるのって難しいですね。モチベーションが全然追いつきませんでした。
青年海外協力隊 ≒ ブログ

みたいなイメージありましたが舐めてました。継続してる隊員の方々、尊敬します。

 

ぶっちゃけフェードアウト的にやめようと思ってました。
が、先日学生時代のサークルの先輩で現モザンビーク隊員の方に「てか、おまえいい加減ブログ書けよ」とのお叱り。かつ「半年前とか振り返ってんじゃねーよ」とのツッコミが。

 

なぜかこの言葉によって奇跡的にやる気が(ちょっとだけ)起きたので久しぶりに書くかー!みたいな感じです。せっかくなのできっかけくれたモザンビーク隊員のブログも紹介しておきます。

allgoodlife.hatenablog.com

 


ということで振り返りでなく最近のことで!てか、もう振り返る先が遠すぎて書けない。大事なのは今でしょという切り替えです。

 

 

さて、南半球のペルーは12月に入りくっそ暑くなってきてます。
そう、夏到来です。
そしてペルーでは12月下旬より学校は夏休み。ということで、先週学校での今年度最後の授業を終えました。

 

今までも学校での環境に関する授業はやっていたのですが、ぶっちゃけどうなんだろうと思っていたのです。
というのも以前までは、5つの学校を対象に月に一回授業を行っていましたが、ぶっちゃけどうなんだろう?と思っていたんです。
なぜかというと…

 

①月に一回だと子ども達の記憶に残りづらいし、教育効果が薄いと感じた
②配属先がテーマを決めていたが場当たり的で、授業同士のつながりが見えない
③一回に教える子どもの人数が多すぎてたまにカオスになる

 

大きくこの3つ。他にもこんなんで授業やってるって言って良いのかみたいな現状が多々。
自分もそこになかなか改善ができていなかったのですが。

f:id:judaiju:20181218083510j:plain
f:id:judaiju:20181218083627j:plain
授業やってはいるものの、うーん…という感じ



 

そこで、学校を絞って週に一回の授業を継続的に実施しようと!
これは先輩のペルー隊員もやっていて良いなと思ったとの、自分でもずっとやりたいことでした。

 

全体の目標やカリキュラム考えて、授業案作って…
この段階で他国の現職教員や環境教育同期に相談しました。さすが現職教員の方々の意見はめちゃめちゃ参考になりました。持つべきものは友ですね。
ちなみにこの辺に関しては、本当に救われてるんで別途また書きたいな。

f:id:judaiju:20181218083837j:plain

f:id:judaiju:20181218083922j:plain

f:id:judaiju:20181218084114j:plain

f:id:judaiju:20181218084401j:plain

色んな隊員のアドバイスとアイディアのおかげで、授業に結構手応えがありました

 

 

実際、全ての授業をやり終えてみて(わりと主観的ですが)


①子どもたちが、おこなった授業の内容を覚えていた
②自由記述や発問に対する子ども達の回答の量が増え、その内容の質も上がった
③先生が僕の授業後、自発的に子どもに発問などし教えるようになった!

 

ほんとは数値で出せれば説得力あるんでしょうけど、評価に関しては勉強および準備不足。
とは言え、授業を重ねてくうちに、実感値として効果があったかなと。

 

特に3つ目はすごく嬉しかったー!


というのも、配属先の同僚は授業に協力してくれず、僕1人で授業をしていたんです。
てか学校の選定、日程の調整、許可取りも含めて全部自分1人。
そうすると、「いやこれ自己満やん」「帰国したら誰も環境の授業しないんだろうなー」「意味あんのか?」みたいに思っていました。
今でもこれは課題。ですが、その先生の行動や言葉で少し救われた気がします。

 

 

子ども達も、最後の授業の後にはわざわざ感謝の言葉くれたり、ハグしてきたり、もっと一緒に勉強したかったと言われたり…ホントに子ども達は可愛い。
やって良かったなー。

f:id:judaiju:20181218084443j:plain

f:id:judaiju:20181218084517j:plain

f:id:judaiju:20181218084547j:plain

お世話になった先生方

 

 

活動や生活をしていて、イライラすること、上手くいかないことはまだまだあります(てか、そんな事だらけ)
でも、やはり子どもは国の財産だと思うし、教育の力って素晴らしいなと思う。
そして自分はこういうことがしたくて地球の裏側まで来たんだって再認識できました。

そしてこの授業を通して、ようやくこれだなって活動が出来た気がします。


これ得られるの遅かったなー。とはいえまだちょっとだけ時間はあるから良しとしましょう。

 

 

来年度は今年の経験を生かして、パワーアップさせてやろうと思います!

さて次はいつ更新できるか…

言語を学ぶということについて考えてみた

今回は振り返りブログをおやすみして。最近のちょっとした出来事から考えたことの話題。

 

先日、パラグアイ隊員で訓練所時代に同じ語学クラスだった同期から電話をもらった。とても熱い隊員で、一緒に飲むと何時間でも語り合える素敵な同期だ。この日の電話もなかなか熱い内容だった。お互い電話越しに酒を酌み交わしながら。月曜の夜にも関わらずである。

その中でアルゼンチンの日本大使館職員の方の話しを聞いた。その方はパラグアイを中心に話されている南米先住民の言語グアラニー語やアンデス地域の土着言語であるケチュア語などのマイナー言語もなど含め、今まで学んだ言語は30にものぼるらしい。僕自身は今のところスペイン語でいっぱいいっぱいなので信じられないことだ。

そしてその方曰く、マイナー言語は2週間に1つ程の割合で消滅しているらしい。言語がなくなるということは、その言語で話している人々のアイデンティティーがなくなるということに等しい。そうは言っても、マイナー言語を学ぶのなら英語やスペイン語、中国語などのメジャーな言語を学んだほうがメリットはある。そしてその手の助言を実際にしてくる人は多いという。しかし、そういうことではないと言う。その方がマイナー言語を学ぶ意義は「目の前の人々とその人たちの言語で向き合いたい。その人たちの言語でしかわからない部分があると思うから」ということらしい。

 

この話しを聞いて、はじめに自分の頭に浮かんだのは日本の方言であった。例えば、地方出身の人はその方言でないと言い表せないことがあるらしい。つまり標準語に適当な言葉が見つからないと。

他にも沖縄の高齢の方から戦争体験の話しを聞いたとき、一番核となることにはやはり琉球語は欠かせないと言われたことがある。その言葉でないと自分の気持ちや体験したことを上手く表現出来ていないと感じるという。

 

少し話しは変わるが、最近オンラインのスペイン語学習を通して質問したテーマに「形容詞」がある。

辞書上では同じような意味の形容詞、例えばbonito, hermoso, bello, maravilloso これらはどう使い分けるべきなのか。またその他にこのような意味の形容詞はどんなものがあるか。

ここでは詳しい説明は省くが、文法的な法則とネイティブ独特の感性による使い分けが存在していた。

 

1年以上ペルーで生活をしているとスペイン語での会話もそこそこ出来てくる。日常生活ではほぼ困ることも無い(仕事ではまだまだ大変な場面はあるけれど)

それでもスペイン語で話していているとモヤモヤすることがある。それは、「もっと自分が今感じている事や考えを伝えたい」ということ。先ほどの形容詞の例でもそうだが、自分の頭で浮かんだことや心に思ったことを表現したい時、スペイン語では真に適当な言葉がまだわからない。これはニュアンスの問題でもあるし、単純に語彙力の問題でもあるのだが、本当にこの言葉で良いのか?と思うことがある。

おそらくこうした小さな積み重ねに知らず知らずストレスを感じているのか、たまに日本人と日本語で話すとすごく心地良く感じるのだ。日本語は素晴らしいなと改めて感じたりもする。

 

さて、ここで冒頭のマイナー言語を学び続けているアルゼンチン日本大使館の方の話し、そして語学を学ぶということについて個人的に思ったことを。

もし自分たちの言語がなくなってしまったらどうだろうか?例えば、日本語を公用語、日常言語として使用する場所がなくなってしまったら…

同じ状況でないにしても、任地に日本人1人という今の自分の状況はそれにとても似ている。つまり、自分の考えや思い、感情を100%表現できていないと感じる。そしてそうした状況にもどかしさを感じる。寂しくもあるしストレスにもなっているのだろう。まさに、日本人である僕は「日本語を使う」ということでアイデンティティーを形成し、維持しているのだ。大きく見れば、僕たち日本人は「日本語を使う」ことで文化やそのアイデンティティーを創り、維持しているのだろう。例えば「侘び寂び」のような考えを他の言語で適切に表現したり説明することができるだろうか?環境問題の世界でも、日本人の持つ「もったいない」という考え方は世界でもそのまま「もったいない」という言葉で紹介されている。

こうしたことはスペイン語だろうと英語だろうとグアラニー語だろうとケチュア語だろうと、それこそ日本の方言だろうと、その言葉を母語としてる人々には共通している事のように思える。

僕自身も正直「言語を学ぶということ」について、将来的に仕事や旅行などで「使える言語か・使えない言語か」という目で見ていた。しかし本来「言語を学ぶということ」は、もっと関わりたいと思う人々やさらに知りたいと思える国や文化、あるいはまだ知らない新しい世界と、より深く本質的な繋がりを得るためにすべきではないだろうか。それが「言語を学ぶということ」の大きな意義であると感じる。なぜなら、その言語でしか表現できないアイデンティティーが誰しもにあるはずだから。だからそこに、その言語がマイナーかメジャーか、使えるか使えないかというのは関係がないのだ。

 

僕自身はまだ、スペイン語で自分の感情や考えを100%表現できていない。ペルーの人々の感情や考えも100%理解できてはいないだろう。ネイティブでない自分には、どんなに勉強をしても難しいのかもしれない。

それでもスペイン語を学ぶのは、ペルーのことをもっと知りたいと思うから。そのためには日本語や英語を通してではダメなのだ。

せっかく出会えたペルーという国の人々や文化を、ペルーの言葉を通して知っていきたい。

 

同期からもらった話しと、スペイン語を学ぶ中でふと思ったことでした。

2回目の公務と中間報告

さて5月の出来事です。
 
5月は活動が一旦落ち着き、配属先の業務の手伝いが多かった月でした。
でもちょっと落ち着いた月で良かったかも。
というのも、5月にJICAによる公務があり首都にしばらく上がらなくていけなかったのです。
 
ペルーでは現在、年に2回の公務(JICAボランティア・関係者による集まり)があります。
そこでJICA事務所から、治安や安全対策の研修、JICA関係者の意見交換会、健康診断や新隊員・帰国隊員の歓送迎会などが行われます。
 
そして必ず行われるのが、JICAボランティアによる活動中間報告会
これは派遣1年を目処に行われるもので、JICAボランティアがこれまでの活動やこれからの計画などを関係者に発表する場になっています。
 
まだ1年は経っていないですが、自分の隊次はこのタイミングで中間報告となりました。
 
この中間報告会は普段なかなか聞くことのできない隊員たちの活動が聞けるので、非常に面白く勉強になります。
が、ペルーではこの中間報告会はスペイン語で行われます。理由はJICA関係者だけでなく、ペルーの受け入れ省庁の方、全員ではないですがボランティアのカウンターパートなども出席するからです。
なので、司会、発表、質問まで全てスペイン語です。
 
もちろん僕もスペイン語で発表しました。日本語でなら日本で働いているときに何度となくプレゼンしましたが、スペイン語となるとやはり少し大変。。
しかし、喋り出すと意外といけるもので、無事に終えることができました。
f:id:judaiju:20180728010640j:plain
f:id:judaiju:20180728010650j:plain
任地ではなかなか無い、結構しっかりした場での発表です
 一年前の5月はまだ駒ヶ根の訓練所で、自己紹介するのも必死だったを考えると少しは自分のスペイン語もマシになったのだと思います。
隊員仲間にも良い発表だったと言ってもらえたので合格点でしょう。
 
このタイミングで中間報告を行なったことで、自分の活動の振り返り、これからの計画を改めて考える良い機会になりました。さらに他の隊員の発表からも学べる点が多かったのでやはり中間報告会は良い場だと思います。

f:id:judaiju:20180706234204j:plain

カウンターパートも出席してくれました。JICA事業への理解があり、とてもありがたい存在です。

 

 
今回の公務では、健康診断もあり久しぶりに色々と検査してもらいました。
しかし以前も狂犬病の記事で書きましたが、僕は注射が恐ろしく苦手。
かつて注射により失神が一回、心理的恐怖で震えが止まらなくなること一回とトラウマ級。なので外国でおこなう採血なんて拷問かという思いでした。
訓練所時代から何度も注射に怯えた僕を見ている同期に見守られ、今回も大きな戦いを終えました。
どうかもう戦わないで日本に帰りたい。
 
そのほか、ペルー国内での環境教育部会立ち上げが企画され、環境教育隊での意見交換会もありました。これもすごい勉強になる場でした。今後こういった場が増えそうで、非常に嬉しいです。
f:id:judaiju:20180728010649j:plain
f:id:judaiju:20180728010719j:plain
環境教育隊員の集まり。こうした学びの場が増えることは嬉しいですね。
 今回の公務でも、色んな隊員と話すことができました。
ペルーは国土が広く、隊員も離れた場所にいることが多いのでなかなか会えませんが、やはりせっかく同じ国で同じ期間に活動しているのだから繋がりは大切にしたいものです。

f:id:judaiju:20180728010658j:plain

 
公務の何よりの楽しみは隊員仲間に会えることですね。
 
次の公務は12月。
それまでまたイカで頑張りますかー!

イカの騒音を減らすために

振り返りの4月編ラストです(なかなかリアルタイムまでは遠い)

 
前回の記事でも紹介しましたが4月は巡回している学校にて「騒音」をテーマに授業を行いました。
 
この3月には学校での授業の他にも騒音をテーマに啓発活動を行える機会を作れました。
それは街の中央広場にて啓発のためのポスター展示会を実施というもの。
 
3月に東日本大震災の写真展を実施したところ、なかなか好評でカウンターパートからも、できれば毎月テーマを変えてこういった展示会をしたいねと言われていました。
 
善は急げということで、何かできないかと考えていたところ4月にちょうどいい日がありました。
Día mundial la vida sin ruido
日本ではあまり注目が無いのか、日本語名称が発見できませんでしたが「騒音のない生活のための世界デー」「世界騒音防止デー」といったところでしょうか。
 
このDía mundial la vida sin ruidoが4月25日ということだったので、その日に合わせポスター展示会を企画、実施しました。
 
今回は前回と異なり、配属先の本業とも関わりがあるのでカウンターパートや同僚たちも準備を手伝ってくれました。
f:id:judaiju:20180718014458j:plain
f:id:judaiju:20180718014441j:plain
f:id:judaiju:20180718014416j:plain
同僚たちのおかげでペルーの人好みのデザインや絵も入って華やかです
 そして当日は、大学生インターン生と一緒にピエロに扮しました。
なぜピエロかというと、ペルーではピエロは言葉や音を発さずにパントマイムなどで人々を楽しませるというイメージが強いらしく、そのため「静かな人、静寂な人」の象徴としてなっているようです。
実際、色々な団体が騒音対策への掲示物やイベントなどピエロを使用しています。
f:id:judaiju:20180718014732j:plain
f:id:judaiju:20180718015857j:plain
大学生インターン生たちと。クオリティはともかくピエロです



 
今回、ポスターの展示以外に注力したことは路上で横断幕によるアピールや停車した車のドライバーへのステッカーとチラシ配布です。これは主に車のクラクションを問題視した取り組みです。

f:id:judaiju:20180718014613j:plain

信号待ちのドライバーたち向けに。信号変わるたびにやるので結構な重労働です。
 ペルーに来て驚いたことの一つですが、ペルーでは車のクラクションがひっきりなしに鳴り響いています。
これは事故が起こりそうとか危ない場面が多いというわけではありません(車の運転は信じられないくらいに荒いので常に危険ではありますが)
ペルーのドライバーの多くは、ちょっとした渋滞や自分より遅い車、交差点の進入時などほぼ挨拶の代わりくらいにクラクションを鳴らします。
さらに、タクシーなんかは空車を示すため、お客さんに気づいてもらうために、歩行者や乗りそうな人がいればそこら中でクラクションを鳴らします。
常にクラクションが鳴っているので、自分もクラクション=危険のサインという感覚が薄れてきて、最近ではほとんど全て何事もなく無視しています。
 
ということで、車のクラクションはペルーの騒音問題の大きな原因の一つなのです。
地域によっては、不要なクラクションに対しては厳しく罰金を科して状況を改善しているほど。

f:id:judaiju:20180718014258j:plain

配布用のステッカーとチラシ
f:id:judaiju:20180718014557j:plain
f:id:judaiju:20180718014537j:plain
信号待ちの間に直接ドライバーにチラシとステッカーを配って啓発します。
 
この他にも、広場に来ている人々に直接話しかけ、チラシを渡し啓発活動などをして行きました。
 
こちらが啓発する一方で、人々からも「ようやくこのテーマをちゃんと扱ってくれた」「イカの街は好きだけど最近はうるさくて生活しづらい」「警察ですら無駄なクラクションを鳴らしてる」など様々な意見をもらうこともできました。
こういう風に市民の方々の意見を直接聞けることは良い機会です。

f:id:judaiju:20180718014653j:plain

今回も多くの人に見てもらい話すことができました

f:id:judaiju:20180718014344j:plain

同僚、大学生インターン生たちと


 今回も、カウンターパート、同僚、大学生インターン生たちのおかげで無事に終えることができました。
 
また、こういった機会をつくりたいなと思います。
ネタとタイミングを探さなくては!

4月の学校巡回 ー騒音編ー

またまたまたの振り返り記事です。まだまだこのブログの時間は4月です。。

 
さてペルーでは3月から新学期、ということで学校での巡回授業も再開。
4月のテーマは騒音でした。環境教育というと、ゴミ問題や3R、地球温暖化などの気候変動の問題や、生態系や自然についてといった方が一般的かと思います。
 
しかし騒音も広く見れば環境問題の一つ。
実際、日本でも騒音は大気汚染や水質汚濁と並んで典型七公害の一つとして扱われています。
 
配属先の環境課でも騒音問題はよく取り扱っていて、騒音のチェックや発生防止の指導なんかをしています。
そういったこともあり学校巡回でも騒音を扱おうとこのテーマになりました。
 
今回も授業は大学生インターン生と行います。
授業のメインの狙いは「騒音」がどんなものか体験し「何が騒音なのか」を考えてもらうこと。そして「騒音を出さないためには何ができるか」も考える授業内容にしました。
これにプラスして高学年には騒音が人体に与える影響についても話します。
 
授業では、実際に色んな音を聞かせました。
交通量が多くクラクションが鳴り響く道路の音、犬など動物の鳴き声、音楽…

f:id:judaiju:20180709225511j:plain

車の交通音やクラクションなどは、騒音としてわかりやすいみたいです

こうして聞かせつつ、毎回質問をします。これは騒音かそうでないか?

この授業の狙いの一つ、「何が騒音なのか」を体験的に考えてもらうためです。
 
予想通り、道路の音なんかは騒音と答える子が多いですが、犬の鳴き声になると減り、音楽に関して半々くらいになりました。

f:id:judaiju:20180709224835j:plain

質問を通して騒音とは何かを考えてもらいます
 この後、意見が別れたのは何故かや、人によって感じ方が違うことを確認しつつ、騒音とは何かという説明。
 
そして騒音を出さないためにできることは何か?という質問をし、再び考えてもらうといった感じに進めました。
 
ペルーでは、体験的に学ぶことや、発問を通して子どもに考えさせるということが少ないように感じます。
指導者が説明することももちろん大切ですが、5感を通して体験し、自分で考え、自分の言葉で環境問題について話すということが環境教育はもちろんこれからの教育には必要だと思っています。
 
今回良かったと思った点は、一緒に授業を進めた大学生も、ともに授業を進めていくうちに、子どもへ発問をより多くしながら進めるようになったことです。
大学生たちは環境学を専攻しているので知識がある分、話しすぎてしまう傾向がありました。しかしそうすると子どもの集中力は持ちません。
 
大学生と一緒にやりつつ、授業やワークショップのより良い進行の仕方を、彼らに伝えられれば良いなと思いました。
 
しかし、担当学校として幼稚園や小学校低学年も持っているのですが、この年齢に教えるのは難しい…
自分ももっと教え方を勉強しないと。。
 
何か良いアイディア持ってる方、アドバイスください。。

まだ半分、もう半分

振り返り更新。を一旦お休みしてリアルタイムの記事です。

なぜいきなり、リアルタイムか?
書きたかったからです(今までサボってたくせにね)
 
というのも、おととい7/4はペルーに到着した日なのです!
つまりペルーでの生活1年を終えました。
協力隊の活動は2年間なのでちょうど半分きたことになります。
 
 
振り返れば、一年前日本を発ってペルーに到着しました。地球の裏側で南半球。時間も季節も真逆の地。
暑いイメージで来たら、首都リマの冬は結構肌寒く、しかもずっと曇り。どんよりとした空の下、スペイン語もままならず、治安も悪いと聞いていたので、正直めっちゃ不安な日々でした。
f:id:judaiju:20180706234351j:plain
f:id:judaiju:20180706234139j:plain
一年前の成田にて少人数なペルー隊。そしてドミニカ共和国の同期とは出発日が同じ。彼らにはだいぶお世話になっている。
 
しかし、自分にとっては初めて海外での「生活」
全てがとても新鮮で、驚きとカルチャーショックの連続でした。
 
そして任地である、イカに来て配属先での活動がスタート。
初めは本当に右も左も分からない。日本ならわからないことあれば聞けば良いんですが、こっちだと語学的に聞いても分からないという状態でした。
それでもゆっくり丁寧に教えてくれるカウンターパートや、同僚のおかげで少しずつ、イカでの仕事を掴めるようになって来ました。
 
正直まだまだこれといった結果、かっこいい活動はできていません。焦りがないと言えば嘘になりますが、それでも今できること、今やるべきことを地道に少しずつやるしかないかなと思っています。
日本にいた時の3倍くらいは悩み、壁にぶち当たり、自分の弱さを感じる日々ですが。
 
でも、そんな日々なので、この一年は本当に濃かった!苦しみながらも楽しめてるのかなと思います。
 
これも、色んな人との出会いと繋がりのおかげだなと思っています。
配属先の同僚にカウンターパート、インターンの大学生たち、イカをはじめペルーの人々、同じJICAペルーの仲間たち、数少ないペルー隊同期(てか唯一の)環境教育の愉快な仲間たち、国は違うけどやたら連絡取り合ってる同期仲間(特にドミニカ共和国エクアドルセネガルの隊員)日本からちょくちょく生存確認してくれる友人たち、家族…
挙げたらキリがないですね。色んな人から刺激やエネルギー、優しさをもらってます。
 
みなさん、いつも本当にありがとうございます。

f:id:judaiju:20180706234204j:plain

f:id:judaiju:20180706234937j:plain

f:id:judaiju:20180706234357j:plain

f:id:judaiju:20180706234150j:plain

f:id:judaiju:20180706234153j:plain

f:id:judaiju:20171231161248j:plain

f:id:judaiju:20180706234148j:plain

 

この一年、新しいことやしんどいことも色々ありましたが、「人」の力をより強く感じる一年だったなと思います。自分にとってももちろん。イカの人々や他のボランティアの活動を見ていても。どんな人と出会って、どんな繋がりを持って、どんな経験をしたかってすごい影響力を持ってるんだなと。

 
特別な物や技術は作れなそうですが、せめてあと一年できるだけ多くの出会いと繋がりを作って、これからのイカの街を作っていく「人」を残せればなと思います。

f:id:judaiju:20180706234328j:plain

ちょうど一年を迎えた日のワカチナの夕日。この景色もあと一年。
 まだ半分と思うか、もう半分と思うか。
 
あと1年、どんな出会いと繋がりがあるだろうか。
もっともっと面白い日々にしていこう!