今年を一言で表すと…
2018年をスペイン語ひと言で表すと…
思い描いてた活動との距離
「他にやる仕事もあるし環境教育の優先順位は低い」↓「大学生インターンも足りなくて人がいない」↓「日本人ボランティアが来てるから彼にやってもらおう」
習慣・考え方の距離
遠いけど近い距離
2018年終わり間際でようやくの…
¡Hola!
だいぶお久しぶりです。かなりご無沙汰しておりました。
ブログ続けるのって難しいですね。モチベーションが全然追いつきませんでした。
青年海外協力隊 ≒ ブログ
みたいなイメージありましたが舐めてました。継続してる隊員の方々、尊敬します。
ぶっちゃけフェードアウト的にやめようと思ってました。
が、先日学生時代のサークルの先輩で現モザンビーク隊員の方に「てか、おまえいい加減ブログ書けよ」とのお叱り。かつ「半年前とか振り返ってんじゃねーよ」とのツッコミが。
なぜかこの言葉によって奇跡的にやる気が(ちょっとだけ)起きたので久しぶりに書くかー!みたいな感じです。せっかくなのできっかけくれたモザンビーク隊員のブログも紹介しておきます。
ということで振り返りでなく最近のことで!てか、もう振り返る先が遠すぎて書けない。大事なのは今でしょという切り替えです。
さて、南半球のペルーは12月に入りくっそ暑くなってきてます。
そう、夏到来です。
そしてペルーでは12月下旬より学校は夏休み。ということで、先週学校での今年度最後の授業を終えました。
今までも学校での環境に関する授業はやっていたのですが、ぶっちゃけどうなんだろうと思っていたのです。
というのも以前までは、5つの学校を対象に月に一回授業を行っていましたが、ぶっちゃけどうなんだろう?と思っていたんです。
なぜかというと…
①月に一回だと子ども達の記憶に残りづらいし、教育効果が薄いと感じた
②配属先がテーマを決めていたが場当たり的で、授業同士のつながりが見えない
③一回に教える子どもの人数が多すぎてたまにカオスになる
大きくこの3つ。他にもこんなんで授業やってるって言って良いのかみたいな現状が多々。
自分もそこになかなか改善ができていなかったのですが。
そこで、学校を絞って週に一回の授業を継続的に実施しようと!
これは先輩のペルー隊員もやっていて良いなと思ったとの、自分でもずっとやりたいことでした。
全体の目標やカリキュラム考えて、授業案作って…
この段階で他国の現職教員や環境教育同期に相談しました。さすが現職教員の方々の意見はめちゃめちゃ参考になりました。持つべきものは友ですね。
ちなみにこの辺に関しては、本当に救われてるんで別途また書きたいな。
実際、全ての授業をやり終えてみて(わりと主観的ですが)
①子どもたちが、おこなった授業の内容を覚えていた
②自由記述や発問に対する子ども達の回答の量が増え、その内容の質も上がった
③先生が僕の授業後、自発的に子どもに発問などし教えるようになった!
ほんとは数値で出せれば説得力あるんでしょうけど、評価に関しては勉強および準備不足。
とは言え、授業を重ねてくうちに、実感値として効果があったかなと。
特に3つ目はすごく嬉しかったー!
というのも、配属先の同僚は授業に協力してくれず、僕1人で授業をしていたんです。
てか学校の選定、日程の調整、許可取りも含めて全部自分1人。
そうすると、「いやこれ自己満やん」「帰国したら誰も環境の授業しないんだろうなー」「意味あんのか?」みたいに思っていました。
今でもこれは課題。ですが、その先生の行動や言葉で少し救われた気がします。
子ども達も、最後の授業の後にはわざわざ感謝の言葉くれたり、ハグしてきたり、もっと一緒に勉強したかったと言われたり…ホントに子ども達は可愛い。
やって良かったなー。
活動や生活をしていて、イライラすること、上手くいかないことはまだまだあります(てか、そんな事だらけ)
でも、やはり子どもは国の財産だと思うし、教育の力って素晴らしいなと思う。
そして自分はこういうことがしたくて地球の裏側まで来たんだって再認識できました。
そしてこの授業を通して、ようやくこれだなって活動が出来た気がします。
これ得られるの遅かったなー。とはいえまだちょっとだけ時間はあるから良しとしましょう。
来年度は今年の経験を生かして、パワーアップさせてやろうと思います!
さて次はいつ更新できるか…
言語を学ぶということについて考えてみた
今回は振り返りブログをおやすみして。最近のちょっとした出来事から考えたことの話題。
先日、パラグアイ隊員で訓練所時代に同じ語学クラスだった同期から電話をもらった。とても熱い隊員で、一緒に飲むと何時間でも語り合える素敵な同期だ。この日の電話もなかなか熱い内容だった。お互い電話越しに酒を酌み交わしながら。月曜の夜にも関わらずである。
その中でアルゼンチンの日本大使館職員の方の話しを聞いた。その方はパラグアイを中心に話されている南米先住民の言語グアラニー語やアンデス地域の土着言語であるケチュア語などのマイナー言語もなど含め、今まで学んだ言語は30にものぼるらしい。僕自身は今のところスペイン語でいっぱいいっぱいなので信じられないことだ。
そしてその方曰く、マイナー言語は2週間に1つ程の割合で消滅しているらしい。言語がなくなるということは、その言語で話している人々のアイデンティティーがなくなるということに等しい。そうは言っても、マイナー言語を学ぶのなら英語やスペイン語、中国語などのメジャーな言語を学んだほうがメリットはある。そしてその手の助言を実際にしてくる人は多いという。しかし、そういうことではないと言う。その方がマイナー言語を学ぶ意義は「目の前の人々とその人たちの言語で向き合いたい。その人たちの言語でしかわからない部分があると思うから」ということらしい。
この話しを聞いて、はじめに自分の頭に浮かんだのは日本の方言であった。例えば、地方出身の人はその方言でないと言い表せないことがあるらしい。つまり標準語に適当な言葉が見つからないと。
他にも沖縄の高齢の方から戦争体験の話しを聞いたとき、一番核となることにはやはり琉球語は欠かせないと言われたことがある。その言葉でないと自分の気持ちや体験したことを上手く表現出来ていないと感じるという。
少し話しは変わるが、最近オンラインのスペイン語学習を通して質問したテーマに「形容詞」がある。
辞書上では同じような意味の形容詞、例えばbonito, hermoso, bello, maravilloso これらはどう使い分けるべきなのか。またその他にこのような意味の形容詞はどんなものがあるか。
ここでは詳しい説明は省くが、文法的な法則とネイティブ独特の感性による使い分けが存在していた。
1年以上ペルーで生活をしているとスペイン語での会話もそこそこ出来てくる。日常生活ではほぼ困ることも無い(仕事ではまだまだ大変な場面はあるけれど)
それでもスペイン語で話していているとモヤモヤすることがある。それは、「もっと自分が今感じている事や考えを伝えたい」ということ。先ほどの形容詞の例でもそうだが、自分の頭で浮かんだことや心に思ったことを表現したい時、スペイン語では真に適当な言葉がまだわからない。これはニュアンスの問題でもあるし、単純に語彙力の問題でもあるのだが、本当にこの言葉で良いのか?と思うことがある。
おそらくこうした小さな積み重ねに知らず知らずストレスを感じているのか、たまに日本人と日本語で話すとすごく心地良く感じるのだ。日本語は素晴らしいなと改めて感じたりもする。
さて、ここで冒頭のマイナー言語を学び続けているアルゼンチン日本大使館の方の話し、そして語学を学ぶということについて個人的に思ったことを。
もし自分たちの言語がなくなってしまったらどうだろうか?例えば、日本語を公用語、日常言語として使用する場所がなくなってしまったら…
同じ状況でないにしても、任地に日本人1人という今の自分の状況はそれにとても似ている。つまり、自分の考えや思い、感情を100%表現できていないと感じる。そしてそうした状況にもどかしさを感じる。寂しくもあるしストレスにもなっているのだろう。まさに、日本人である僕は「日本語を使う」ということでアイデンティティーを形成し、維持しているのだ。大きく見れば、僕たち日本人は「日本語を使う」ことで文化やそのアイデンティティーを創り、維持しているのだろう。例えば「侘び寂び」のような考えを他の言語で適切に表現したり説明することができるだろうか?環境問題の世界でも、日本人の持つ「もったいない」という考え方は世界でもそのまま「もったいない」という言葉で紹介されている。
こうしたことはスペイン語だろうと英語だろうとグアラニー語だろうとケチュア語だろうと、それこそ日本の方言だろうと、その言葉を母語としてる人々には共通している事のように思える。
僕自身も正直「言語を学ぶということ」について、将来的に仕事や旅行などで「使える言語か・使えない言語か」という目で見ていた。しかし本来「言語を学ぶということ」は、もっと関わりたいと思う人々やさらに知りたいと思える国や文化、あるいはまだ知らない新しい世界と、より深く本質的な繋がりを得るためにすべきではないだろうか。それが「言語を学ぶということ」の大きな意義であると感じる。なぜなら、その言語でしか表現できないアイデンティティーが誰しもにあるはずだから。だからそこに、その言語がマイナーかメジャーか、使えるか使えないかというのは関係がないのだ。
僕自身はまだ、スペイン語で自分の感情や考えを100%表現できていない。ペルーの人々の感情や考えも100%理解できてはいないだろう。ネイティブでない自分には、どんなに勉強をしても難しいのかもしれない。
それでもスペイン語を学ぶのは、ペルーのことをもっと知りたいと思うから。そのためには日本語や英語を通してではダメなのだ。
せっかく出会えたペルーという国の人々や文化を、ペルーの言葉を通して知っていきたい。
同期からもらった話しと、スペイン語を学ぶ中でふと思ったことでした。
2回目の公務と中間報告
イカの騒音を減らすために
振り返りの4月編ラストです(なかなかリアルタイムまでは遠い)
4月の学校巡回 ー騒音編ー
またまたまたの振り返り記事です。まだまだこのブログの時間は4月です。。
こうして聞かせつつ、毎回質問をします。これは騒音かそうでないか?
まだ半分、もう半分
振り返り更新。を一旦お休みしてリアルタイムの記事です。
この一年、新しいことやしんどいことも色々ありましたが、「人」の力をより強く感じる一年だったなと思います。自分にとってももちろん。イカの人々や他のボランティアの活動を見ていても。どんな人と出会って、どんな繋がりを持って、どんな経験をしたかってすごい影響力を持ってるんだなと。